「生きる」

何度読み直しても、泣いてしまいそうになる。
こんな、奇跡のように美しい出来事が日常にあふれ返っているんだから。

雨上がりの夜、傘を杖のように持って歩きながら、大学通りの横断歩道を渡ったところで先輩が、小さなアマガエルがぴょんぴょん跳ねるのを見つけて指をさした。

「生きてる」

そう一言だけ、笑顔で言ったのを私は大切に覚えているよ。

谷川俊太郎 「生きる」

生きているということ
いま生きているということ
それはのどがかわくということ
木漏れ日がまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ
くしゃみをすること
あなたと手をつなぐこと

生きているということ
いま生きているということ
それはミニスカート
それはプラネタリウム
それはヨハン・シュトラウス
それはピカソ
それはアルプス
すべての美しいものに出会うということ

そして
かくされた悪を注意深くこばむこと

生きているということ
いま生きているということ
泣けるということ
笑えるということ
怒れるということ
自由ということ


生きているということ
いま生きているということ
いま遠くで犬が吠えるということ
いま地球が廻っているということ
いまどこかで産声があがるということ
いまどこかで兵士が傷つくということ
いまぶらんこがゆれているということ
いまいまがすぎてゆくこと

生きているということ
いま生きてるということ
鳥ははばたくということ
海はとどろくということ
かたつむりははうということ
人は愛するということ
あなたの手のぬくみ
いのちということ

この詩以上に言葉を連ねる必要なんてないや。
生きてるって、なんて尊いんだろう。